手縫いで鞄を作るということ Dec.23,2002



私が鞄を手縫いで作っているのはなぜでしょうか。
それは
ミシンを持ってないから。

というのは冗談として、
手縫いという方法がなければ、私が鞄作りをしてはいなかったことは確かだと思います。

私が鞄を作っていることを知った周りの方から、
「よくそんなに・・・ちくちくと・・・」といった表現で感想を言われることがよくあります。
革の手縫いについて知らない人が「裁縫」を思い浮かべて、
そう考えてしまうのは無理からぬこととは思いますが、
この「ちくちく」っていうのは
革の手縫いに対して、少なくとも私のやり方に対しては
全然あてはまってないんですよね。

革を手縫いする時には、下の写真にあるような
菱目打ちや菱錐という道具を使って、縫うための穴をまず革に開けておきます。
それから手縫い用の針を使って縫ってゆくのですが、
あらかじめ開けてある穴に針を通すので、中で引っかからないように
針はその下の写真にある2本のように先端が丸くなっています。
だからほんとに「ちくちく」しません。

実際の作業としては
縫うというよりも、ひと目ひと目結び締めてゆくといったほうが近い感じがします。
厚くて硬い革を何枚も重ねて、厚みが10mm以上にもなったところを太い糸で縫い上げてゆくのは
相当な力が必要で、道具のページで紹介した手袋がないと
手を傷めてしまってとても続けていられないほどです。








売られている鞄は、たいていの場合
ミシン縫いの物より手縫いの物の方が高級品ということで、高価な設定がされています。
そして手縫いがミシン縫いに勝る点として、
手縫いの方が糸が切れた時にほつれにくいこと
手縫いの場合、糸に蝋引きするので、防水性に優れ耐久力があること
均質な材料でない革を縫うにはひと目ひと目に力加減ができる手縫いの方がよいこと
手作りの温かみや味があること、
果ては作成者が心を込めてひと目ひと目縫っていること
などがあげられています。

たしかに糸の通り方の違いにより
もし糸が切れた場合にも、手縫いの場合にはミシン縫いのようにほつれてしまうことはありません。
が、ミシン縫いの鞄だってちゃんとした糸でしっかり縫ってあれば、
糸が切れて困るようなことは実際問題としてないわけですし、
しかも、どっちの場合でも糸が切れれば補修するわけなので、
ほつれて困るかどうかは補修までの応急処置の問題にすぎないともいえます。

糸の蝋引きの効果はいろいろと良い点があるのだけれども、
そもそも麻糸は濡れているほうが乾いている時よりも強度が高い。
糸に蝋を引くのは他の理由があるから。
ミシン糸だってそんなに弱いわけじゃないし、ケブラーなんていうとんでもなく強い糸だって使える。
ミシン縫いの鞄でもちゃんと糸を選んで作ってあれば、実用上糸が切れて困るようなことはないはず。

革は均質でないし、重ね合わせた厚みの違う部分を縫う場合に
ミシンで一気にダダダッと縫ってしまうよりも、
手縫いでひと目ごと最適な力で締めてゆくほうが、きれいな仕上がりになる・・・腕があれば、の話でしょうけど。
ミシンでだって、ひと目ひと目締め加減を調節しながら縫っている職人さんもいる。
一般的にミシンの縫い目より手縫いの方が目がそろってきれいだとは言えませんよね。

手作りの温かみや味ということになると話しは難しいのですが、
少なくとも縫い目の不均一を指して「味」という言い訳はしてはいけないでしょうね。
縫い目が乱れないように真っ直ぐに縫うことはそんなに難しいことではありません。
それでも相手はもともと不均質な革。
締め具合によって前後の縫い目とちょっとだけ見た目の違う縫い目ができてしまうこともあります。
ちょっと大きめの鞄なら3,000〜5,000個ほどの縫い目を作ることになるので、
全部全く同じような見た目に、というのはなかなかむずかしい。
でも、そうしてできてしまった縫い目の違いは、
明らかに失敗ではあっても「味」ではない。
もっと腕をあげなきゃ。

となると、なぜ手縫いの鞄の方がいい物ということになっているのでしょうか。
ミシン縫いの鞄だって、材料の吟味から手のかけ方まで手縫いの鞄を作る時と同じであれば負けないはず。
質という点では差がない物を作ることができるのかもしれません。

販売する場合のもろもろの商品戦略的な思惑には触れる必要のない、趣味で鞄を作っている私にとって
手縫いであることはなぜ大切なのでしょうね。
う〜ん、ことばで表すのは難しいけど、
平面的な部品が、ひと目ひと目縫い上げてゆくとき、立体的な形にできあがってくる感動かなぁ。
そのひと目ひと目が緊張感のある勝負だし・・・
ま、おもしろがってやってるぶんには、ちゃんと説明できなくってもいいのかな。



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