11.失語症者の職場復帰における課題と言語聴覚士の役割
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失語症と真摯に向き合っている言語聴覚士(ST)に「失語症者の職場復帰における課題と言語聴覚士の役割」と題して下記寄稿していただいた。


 失語症とは、「聴く」「話す」「読む」「書く」といった言語機能が障害されることを言う。脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍などの原因により大脳の言語に関与する領域が損傷することにより生じ、障害の大きさによっては、失認・失行・記憶障害などといった高次機能障害を合併することもある。また、言葉だけではなく、身体面、心理面、家族関係などさまざまな問題を抱えている。言語聴覚士(以下ST)は、このような失語症者に対し、コミュニケーション能力を評価し、様々な基礎訓練や実用的なコミュニケーション手段を提案、社会復帰や職場復帰への援助をしていく。
 失語症者にとって、退院後に仕事に就けるか否かは切実な問題となっており、症状を改善させ、職場復帰に至るには数多くの課題がある。復職について、上田ら1)によると退院後に日常生活が自立できた軽度から中等度の高次脳機能障害患者94名のうち、現職復帰できたのは33名であったとしている。また朝倉ら2)の失語症実態調査によると失語症患者2.682名中の職場復帰率はわずか8.0%との報告もみられる。失語症の重症度、身体機能、年齢、本人の意欲などの問題や業種、企業の受け入れ態勢によっても異なるが、失語・失行・失認あるいは注意障害や記憶障害がある場合、軽度で日常生活への支障は少ないと判断されても、職務遂行への影響を多少なりとも認める場合がある。
 しかし、職業能力を評価する明確な方法が確立されておらず、残存している能力をどのように活かして実際の職務を遂行するか、どのように代償していくかについての具体的な方法を示唆する評価が必要である。その為、業務を分析し現在の能力と合わせて評価することが、実際の就労業務で生じる問題に対処するのに効果的だと思われる。
 それらをふまえ言語訓練としては、障害された機能を回復させることはもちろんであるが、実際の職場で使える段階的な機能訓練が重要である。また、復職には企業や家族を含めた話し合いを行い、本人の症状の理解を図ることが重要であり、具体的なリハビリテーション計画、今後の復帰過程や協力体制について早期から環境調整を行うことが必要と考えられる。

 A氏のコミュニケーション能力としては、脳腫瘍摘出術直後は、単語を話すのでも難しい状態であったが、復職に至る頃には、一対一の日常会話では詰まりながらも何とか会話できる程度まで改善が見られた。日常生活上では十分コミュニケーション可能であったが、復職を相談された際、企業の研究分野の管理職ということもあり、原職復帰にはまだまだ負担が大きいと思われた。今回、A氏が職場復帰できた要因としては、彼が発症早期から職場の同僚と接触し、休職期間も職場での情報を得ることが出来、職場復帰へのイメージがたてやすかったこと、機能回復の経過について同僚に知ってもらうことで病状の理解が得られやすく、復職について協力してもらえたことが大きいと思われる。また、発症から職場復帰に至るまで奥さんの献身的なサポートが得られたことが良い結果につながったと考えられる。復職が決まってからは、出来る事・出来ない事を明確に業務分析し、復職前に職場スタッフへ伝える事で、職場での負担を軽減できたのではないかと思われる。
 A氏の業務内容は、研究業務の管理職ということもあり、研究の経過の調整、会議、商品のプレゼンテーションなど複雑なコミュニケーション能力・業務遂行能力を必要とした。そのため、復帰直後は、系統立てて物事を進める事が出来るようメモを取ることを伝え、会議では文章であらかじめ用意し臨むことを指導した。復職6か月後、A氏より職場でプレゼンテーションを行いたいと相談があった際、心理的な負担が大きいのではないかと心配したが、本人にとって重要な業務であるため、実際の場面に近い環境を整えてプレゼンテーションの能力を評価・実践することを提案した。日常会話では問題が少なくなってきていたA氏であったが、実際のプレゼンテーションでは、喚語に時間を要し、複雑な内容を分かりやすく説明をする際に詰まる場面がみられた。しかし、毎日原稿を何十回も暗記するくらい読む練習をした努力が実り、聞いている側は熱意が伝わるものであった。人前で伝えることの重要性、業務に対する熱意・意欲が聞いている者すべてに伝わるプレゼンテーションであった。机上の訓練では得られない患者の努力が目に見える形で実った訓練であり、前向きに取り組む事で、いろんな課題が見えた良い機会であった。

 A氏の言語リハビリテーションを担当し、業務内容を聞きながら復職を見越した訓練や、業務分析、復職後のプレゼンテーション訓練など実践的なアプローチ、闘病記の執筆などに関われた事は、私自身にとっても勉強させてもらえる良い機会であった。
 闘病記の執筆にあたり、訓練での経過や発症から現在に至るまでの思いについて話合うことが出来た。特に発症早期は訓練や日常のコミュニケーションをとることが精一杯であり、詳しい思いの表出はなかなか難しいものであった。そのため、闘病記を通して振り返ることで、訓練の中では知り得なかった気持ちに気付くことが出来たのは貴重であった。この闘病記を失語症者と関わる方に読んでもらい、現在自分が関わっている患者がどう感じているかについて見直す機会になればと思う。

 失語症者の職場復帰に対しては多くの課題があり、STの役割は大きいと考えられる。職場復帰できる患者は少なく、まだまだ明確な評価、支援体制が確立されていないのが現状である。また職場復帰をもって、訓練のゴールと考えているSTも多いと思われる。しかし、重症度に関わらず、コミュニケーションに支障を訴え、職場での業務に支障をきたしているのであれば、復職後もSTとしての援助が必要と考える。軽度であればあるほど社会との接点が多く、高度なコミュニケーション能力が必要となり、失語症者のストレスは大きく、心理的な面での援助も必要であろう。机上の訓練や課題の成功率だけではなく、患者さんの立場で考え、実際の職場で必要な能力を高めていく実践的な訓練もSTとして行える援助である。
 失語症などの高次脳機能障害について、近年はインターネットなどで様々な情報が流通しているが、実際の患者の症状は個人差が大きく、当てはまるものではない。患者だけでなく、家族へも的確な説明を行い患者とのコミュニケーション方法を援助し、周りの人に正しい理解を促すことが重要と思われる。また一人でも多くの患者がより良い社会生活、職場復帰できるよう啓蒙・支援することが今後の課題と考えられる。

文献
1.上田正子:高次脳機能障害者(主に失語症)の職業復帰についての検討
      -1990〜1999年 10年間の実態調査‐.
      社会保険医学雑誌42(2):49-52,2003
2.朝倉哲彦 他:失語症全国実態調査報告.失語症研究22:241-256,2002.



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