17.「 X + 8year 」
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 2015年8月で悪性脳腫瘍の手術から8年が経過した。まだ再発はしていない。
 主治医から、私の場合は通常行う放射線治療を行なっていないので、放射線治療を行っていなくてこの期間何らかの異変が起きてこないということは、ほぼ寛解と思ってよいと言われた。一般的には手術後に放射線治療を行ったうえで10年をめどに寛解したと考えるらしい。
 放射線照射の悪いところは、速攻で現れる脳の放射線壊死とは別に、長期間生きていると脳組織が広い範囲にわたってじわじわと慢性的に萎縮していく。それに伴い高次脳機能障害も高い確率で起きるそうだ。
 主治医が言うには、癌幹細胞が残っていると再発する。私の場合、出血している部分もあったため腫瘍の周りを取りすぎるぐらい大きく取った。癌幹細胞は主に腫瘍の近くに集まっているので、大きく取ったために幹細胞も取りきってしまうことができたと思われるとのこと。
 私の腫瘍はWHO分類で全体がGrade II(びまん性星細胞腫)で、中心部はGrade III(退形成性星細胞腫)だった。WHO分類のGradeは術後の生存期間によく当てはまり、Grade IIでは生存期間中央値が7〜9年、Grade IIIは2〜3年だそうだ。それから考えると、ほぼ寛解ということは結構奇跡的なんだなぁと思う。
 この主治医は飲酒に関して私に甘い。どうせ再発して抗がん剤治療を始めたら酒を飲むことができなくなるから飲めるうちに飲ましてやれと思っているのかというとそうでもないらしい。楽しく食事をすると脳にも良いってこと。たしかに心の底から笑ってるんじゃなくても愛想笑いでも笑顔を作ればそれだけで免疫力が上がる。飲む酒の種類を質問されて、私がビール・チューハイ・日本酒・白ワインと答えると、どうせ飲むならポリフェノールがたっぷりな赤ワインが良いと言われたが、赤ワインは酸っぱいから嫌い。まぁ飲めと言われると飲むけど・・・おっと、これじゃ楽しく食事するという本来の目的から外れてる。



ビジネスバッグを作った

 日本に2台しかない(2014年11月時点)イスラエルに本社のあるインサイテック社のMRガイド下集束超音波治療機器「エクサブレート・ニューロ」という装置が、市内のある個人病院にある。この装置は本来、手や頭などが意思に反して震える原因不明の運動障害である本態性振戦の臨床試験のために使うものだ。MRガイド下集束超音波治療とは、集束超音波とMRIの2つの技術を組み合わせた治療法らしい。今まで、頭蓋骨があると超音波は通さないといわれてきたのだが、この装置は微弱な超音波をレンズで一点に集中させて当てることができ、頭蓋骨で通さないといわれていた超音波を通すことができるため、開頭手術をしなくても治療することができる。放射線の被曝がないため、何度でも繰り返し治療を受けることができる。
 ところで、この装置は脳腫瘍の治療にも有効らしい。しかしまだ研究段階で治験も始まっていない。もともと脳血液関門を通り抜けることができるからという理由で、脳腫瘍に効果がある抗癌剤はアルキル化剤のテモゾロミドや、ニトロソウレア系の抗癌剤が用いられてきていた。これを前述の機械を使用することにより、超音波を当てているときに脳血液関門が一時的に開くことを利用して、他の脳血液関門を通り抜けられない大きな分子構造をもった新たな抗癌剤が使用できるようになるかもしれない。さらに癌細胞に特異的に吸収される物質に標的物質を付けておき、それに超音波を当てると癌細胞が爆発する(こう主治医は表現した)ことを利用して散らばった個々の癌細胞までやっつけることができるかもしれないとのこと。ちなみにこの治療を行うと言葉の障害や運動障害は出なくなる。神経を切り取ってしまわないから。早く研究が進んで、実用化される日が来ることを期待する。



ショルダーバッグを作った

 痙攣止めのイーケプラは、最後に痙攣を起こしてから8年、術後10年をめどにやめようということになったのでまだ飲んでいる。同時に処方されていたフェノバール散と言う抗痙攣薬はイーケプラ単独では保険が効かないために保険を効かせるためだけが目的で、実際には飲まなくてもよいということだった。しかも粉薬で調剤に時間がかかることもあり、薬局では理由を話して出さないようにしてもらっていた。しかし今年になってイーケプラ単独で保険が適用されるようになったために、フェノバール散は処方されなくなった。
 痙攣発作を起こして気を失うということに関しては、お盆休みに海に出かけて行って泳いだということもあり、もう大丈夫だ。しかし過去の経験から夜遅く出歩いていると翌日に痙攣発作が起きて気を失ってしまうんじゃないかと不安になる。これはいちど夜遅くまで出歩いてみることで、不安を克服できるんじゃないかと思う。しかし痙攣発作を起こして気を失うと確実に寿命が縮まるらしい。いらんことはするまい。
 EPAが主成分のエパデールは高脂血症治療のために2年ほど前から飲んでいる。一昨年に人間ドックで頸動脈エコーのオプション検査を受けてプラークがある(要するに動脈硬化)と指摘されていたが、去年のMRA検査(脳の血管の様子を立体画像として映し出す検査)と今年の人間ドックで再び頸動脈エコー検査を受けたところ異状なし、中性脂肪も正常値に戻っている。主治医はエパデールを飲んでいるせいもあるだろうとのこと。運動もリコンディショニングセンターに週2回それぞれ1時間程度通っている。それ以外の日にも運動は始めたし。
 手術で切った傷口か、傷口の横にプチッとできた吹き出物が非常に痛むことについては、主治医の話では、神経を切ったため痛みがいつまで続くかはわからないとのことだったが、この1年間で2回(数秒痛むのも含めると3回)と激減した。その代わりに、後頭部の下側から頭がぎゅうっと締め付けられるような違和感が2月から4月にかけて毎日していた。今でも時々しているが、ほとんどが術後に通常ある鈍い痛みに変わっている。違和感がしているときに頭痛薬のロキソニンを飲んでも、効果があったんだかなかったんだか、どちらかと言えば効果があったのかなぁ。 朝起きた時には平気で、午前10時になったころから一日中頭が軽くしめ付けられるような感じが毎日続いていたから再発してるんじゃないかと心配していたのだが、その後にMRI検査があり再発してないとわかってほっとした。



ペンケースを作った

 痛みと言えば、テニスをしてもいないのに左腕がテニス肘になってしまった。定期的に通っているリコンディショニングセンターで、去年の8月に、腹筋を行なう時、お尻だけで体を支えて重いボールを体の左右に交互に移動させるメニューを初めて行なったのだが、その時に痛めてしまったのだろう。テニス肘には医学的には正式名称があって「上腕骨外側上顆炎」と言うんだそうだ。簡単に症状を説明すると、基本的には肘の外側が痛いのだが、肘を伸ばしたままで手のひらを下にして重い物をつかんで持ち上げようとすると痛いとか、ぎゅっと手を握り締めると痛い。筋肉痛と腱の骨についている部分に鋭い痛みがある。この痛みは最初は非常に痛かったけれども、4月ぐらいに、朝ネクタイを締めるときにふと痛くなくなったなと気付いてから、どんどん痛くなくなっていき、今では左肘にときどきかすかにピリッとした痛みが残っているという程度までに治った。
 耳鳴りがしたり、ときどき「キーン」ときたり、頭が締め付けられるような、なんともいえない違和感はもう慣れてしまったのか、最近はひどく「キーン」とならない。しかし、いつも耳鳴りはしている。
 それから、採血で血管が細くなって針が刺さらないという問題はなくなった。術後は何度も血管に針を刺し直さなければ入らないことや、血管から血が漏れて内出血の痕がこぎたなく残っていた。2013年の7月に採血されたときに検査技師が一発で漏れもせず採血できたのだが、今にして思えばその時の検査技師のお姉さんがうまかったというわけじゃなかった。その後からはいつでも一発で決められるように術前の状態に戻った。体質が術後に6年間ぐらい変わっていたとしか思えない。
 2014年9月20日に、車を当て逃げされた。コンビニで買い物をして車に戻ってくると、運転席側のドアの後ろ側に傷とへこみがあった。コンビニには防犯カメラがついているので、交番に届けて再生して警官に見てもらったのだが、原付を押してバックしていてぶつけた奴がいたとのこと。防犯カメラの映像を私に見せてくれなかったのは、後で個人的に恨みを晴らすことがないようにするため?そんな決まりがあるのだろうか。その前後の店内のカメラで個人が確定できるはずなのに。今回のような場合、ほとんど犯人はつかまらないそうだ。あ〜あ、しょうがね〜なぁ。 前にも気付いていたのだが、以前と比べて手術後には怒りの感情が少なくなっていると感じる。ずっと以前に単車にいたずらをされたときとかには、ほんとに腹立たしくて、勘弁ならん、どうしてやろうかと思っていたけど、今は、あ〜あ、しょうがね〜なぁで簡単にあきらめてしまえる。いいんだか悪いんだか。



ボストンバッグを作った

 肝心の高次脳機能障害、特に言葉の問題はというと、全体としては少しずつ確実に良くなってきてはいるのだが、一進一退を繰り返している。昨日は曲がりなりにも喋れたのに、どうして今日はこんなに簡単なこともしゃべれないのかと思うこともしばしばある。
 今苦労していることは複数あるが、何と言っても、アドリブを効かせて長い言葉でわかりやすく説明をすることがまだ難しい。短い言葉で会話しているときとか、直前に先回りして考えておいて、一息おいて落ち着いてゆっくり喋っているときには、言葉に障害があるということを知らない人にはわからないだろう。でも高度なことを言おうとしても言えなくて低レベルなことになってごまかしてしまうから、ばかじゃないのと思われてるんだろうなぁ。
 短い言葉でさえも喋れない時には喋れない。昨日まで少しだけ好調だったしゃべりが、調子に乗ってしゃべってはいるが、おやっなんかおかしいぞと感じる時がある。お客さんのところで説明をしても、たどたどしくて文字通り話にならない。言いたいことが頭の中にイメージとしてあっても、それがうまく言えないというか、頭の中に10あることに対して3ぐらいしか伝えられるようになっていない。長い話になると聴き手がしびれを切らしてるんじゃないかと、どう説明してよいのか焦ってしまってうまく説明ができなく、納得できないままごまかして別の表現を使って説明を終わらせてしまったりすることがたびたびある。前にも書いたが、話すときや受け答えをするときの反応だけはいいので、まわりの人には気付かれないことの方が多い。
 まだ考えながら同時に言葉にすることが難しい。例えばauのテレビコマーシャルで桃太郎・金太郎・浦島太郎が出てくるものをソフトバンクがもじって、おばあさんが川で洗濯中にちょうど桃が流れて来たところに電話がかかって来て、こんなに山奥でも携帯がつながるということと、その桃が鬼が島に流れ着いて鬼が割っている場面で、物語は変わったというナレーションが入って、いままでauがつながりやすかったけれども時代は変わったんですよという主旨の宣伝をしている。それを初めて見た時に咄嗟に詳しく説明することが難しかったりする。こうして文章にするとじっくり考えることができ、正確な文章が書けるが、まだアドリブでわかりやすく説明することが難しい。
 しかし去年に比べれば、ちょっとだけ詳しい説明ができるようになってきた。自分としては、たどたどしくしか話せなくて、しかも語尾を話すときに止まってしまわないように注意しないといけないと感じるのだが。仕事上の説明もゆっくり考えながら話しているときと、とっさに考えても短い話であればOKだ。



メガネケースを作った

 同僚からの長電話。早く切ってほしいと感じる。術前はこんなことは感じなかったが、困難(と感じる)な話題には即座に対応できないし、頭の中でイメージとして理解していても即座にしゃべれないことと、じっくり考えれば知ってはいる知識なのだがその場では思いつかない。会議などでなんとかかんとか無理やり出にくい言葉を振り絞って長い話をしたときには、その後で頭のこめかみのところから上が少し締め付けられえるように痛い。
 素敵な言い回しとかひねった言い回しが困難だが、最近、無駄口をたたくことができるようになってきた。気の利いた話も大きな声で少しだけできるようになった。もっともその話は以前にも口に出して言ったことだったりする。一度口に出して話すとその後で同じことをしゃべる時にしゃべりやすい。
 治っていたと思っていたのに、電話や直接人と話をしていて話が長くなると冷や汗をかくことが多くなった。2014年12月04日には久しぶりに冷や汗を額や体中にびっしょりかいた。説得しようと一生懸命だったから。複雑な話になって、しかも話が長くなると早く切り上げたくなってあせる。それから相変わらず語尾の言い回しに迷ってしまい適切でない表現をしてしまうし、何度も繰り返し同じ表現に囚われて同じことを繰り返し喋ってしまう。 涙目になって涙がこぼれるのはほとんどなくなってきたが、緊張したり一生懸命しゃべろうとしたりするときには、まだある。
 普通に暮らしていると思っても、例えば、ちょっと難しい判断をしなければいけない場面になったり、複雑なことを同時に二つ行わなければいけない状況になると、あ、これはまだできなかったんだなと気がつく。
 特に経営的な話題、複雑な事務処理になると、頭が真っ白になってついて行けないし、意見を言おうとしても思いつかない。相対的には良くなってきているはずだけど、最近特にそう感じる。
あらゆる面で検討して意見を言わなければいけない場面で、ある角度から考えるべき部分がすっかり抜け落ちていたり、人に対しても配慮が足りない発言にまだなってしまう。
 それから、失語症になってからというもの人との関係が希薄になっているような気がする。人づきあいも悪くなっているし、雑談もできないし冗談も言えないから。本当はもっと人に関わりたいのだが、その余裕がないというか、うまい言葉が思いつかないが、病気のせいにして逃げているんじゃないとは思いたいが・・・



トートバッグを作った

 ST(言語聴覚士)が相談してくれたある先生は、好意的ながらも、これだけの文章が書けるというのは失語症の範疇を超えているということを言われたとのこと。文章を書くのと喋るのとではちょっと違うんですけど・・・ 文章は時間をかけて推敲することができるけれど、喋るのは一度限りで、その喋るときその瞬間に言葉が出てこない。長い言葉で説明する時などには、一言一句メモしてあらかじめ暗記しておき、憶えていた通りに喋っているのだが、音読をすることと流暢に下書きを見ないで喋ることとは違う。一言一句メモを書いておいて喋るときにでも、細かいところの言い回しに囚われて詰まってしまう。
 STが、治療を始めて初期の頃からしばらくの間は姿勢も緊張して額に汗をかきながらなんとかしゃべっていたのに比べると、最近は余裕が出てきて気楽にしゃべっているような感じがするとのこと。それは、かみさんも同意見。でも額には汗はかかなかったけれども、体は少し汗ばんでいる。かみさんは少し前から私が自分からよく話すようになったと感じているらしい。テレビを見てよく笑うようになったとのこと。ひとつのことを聞いても周辺のことまで含めて説明してくれると感じている。本人は調子が悪いと思っているんだが、まわりから見るとそうでもないのか。
 少しだけ「勘」が戻ってきたように思う。仕事においてもある程度難しい内容まで、ぱっと瞬時にわかる。まだ人にわかりやすく説明することは無理なのだが・・・ それから、ある作業を人にしてもらうときに時間がどれぐらいかかるかということも、自分がこれくらいの時間でやっていたのだからもう少し長くとか、時間に対しても計画が立てられるようになってきた。勘と感じていたのが細かな分析や経験に基づく推定だったとわかったが、それでも「えいやっ」と勘を使って判断することができるように回復してきたと思う。また時間と空間に対して予測ができるようになった。わかりやすく言うと、おおざっぱな見積りや計画を立てるということが少しだけできるようになってきた。しかも「なんとかかんとか」とか「なんちゃらかんちゃら」とかいった、ある現象を指し示すときに言葉ではっきりと具体的に言うのではなく適当にぼかして言うこともできるようになった。これは術後に失語症になってからというもの使いたくても使えなかったものだ。
 昨日よりは今日、今日よりは明日



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